紀里谷和明の収入がすごいと話題に
1、概要
宇多田ヒカルの元夫・紀里谷和明の収入が凄いと話題になっている。
紀里谷和明さんは写真家、映像クリエイターとして仕事をしているようだ。
少し写真を撮るだけで数百万円も報酬をゲットしているという。
紀里谷和明さんいわく「東京都港区以外住まない」「飛行機は絶対にファーストクラス」「ホテルはスイートルーム以外泊まらない」「スーツはロンドンまで作りにいく」というセレブな生活をある番組で告白している。
2、管理人の感想
紀里谷和明さんは熊本のパチンコメーカーの御曹司でめちゃくちゃ金持ちと聞くね。
それと彼はパチンコメーカーの大株主であり配当もすさまじいという噂だ。
実際に、紀里谷和明さんの代表作って宇多田ヒカルのPV一作当てただけの一発屋じゃないのかなと思うけど。
まあ実家がパチンコ屋さんってことは、自社ビルの家賃収入で暮らしていけるニートの息子みたいなもんだろう。
写真や映像クリエートの仕事は道楽みたいなもんじゃない?w
3、紀里谷和明のプロフィール
中学を中退してアメリカに単身渡米するというかなり破天荒な人生だw
だから日本の学歴は小卒なの?
現在そこそこお金が稼げているなら何の問題もないね。
ところで、顔がやっぱり在日特有の一重瞼だなと思う。
1968年、熊本・宮崎で手広くパチンコ店を経営する岩下兄弟社代表の父・岩下博明と、軍人の娘である母・道子の長男・和裕として生まれる。
免田町の小・中学校に進学したが、1983年、中学2年終了と同時に中退し、単身アメリカのサンディエゴに向かう。
マサチューセッツ州にある全米一のアートハイスクール、Cambridge School of Westonに進学して、デザイン・音楽・絵画・写真などハイレベルなアートを学ぶ。卒業後の1987年にパーソンズ美術大学 (Parsons The New School for Design) 環境デザイン科に進み建築を学ぶが、2年で中退。
学生時代当初はビジネスマンを目指していたが、英語が通じない時に自分が描いた絵を渡して喜ばれた経験からアートの世界を志向するようになった。
21歳のときデザイン会社を設立するもうまくいかず、ヨーロッパやアフリカを放浪。
大学中退後の5年間は何をやってもうまくいかず、自ら「暗黒の時代」と呼んでいる。
NY在住時26歳のときに知り合いから頼まれた音楽雑誌『VIBE』用の作品をきっかけに写真の仕事を始め、ジェイ・Zなど多くのアーティストの写真を手掛けるようになる。
以降、日本国内外でPV制作も数多く手掛ける。
CM、広告、雑誌のアートディレクションや映画『御法度』(大島渚監督)劇場用ポスター写真撮影など幅広く活躍。撮影を通じて知り合った宇多田ヒカルと2002年に結婚したが、2007年に離婚。
2004年、子供のころ好きだった『新造人間キャシャーン』を映画化し、監督デビュー。2009年には2作目『GOEMON』を制作し、明智光秀役で俳優としても出演。2012年チェコで、クライヴ・オーウェン、モーガン・フリーマン出演の映画最新作『ラスト・ナイツ』を撮影、2015年公開。
情報源: 紀里谷和明 – Wikipedia
ニュースソース
8月3日に放送された『しくじり先生』(テレビ朝日系)に、紀里谷和明氏(47)が先生として登場した 紀里谷氏って誰?という方には、元妻は7月3日に第一子を出産したばかりの宇多田ヒカルといえば分かるだろうか。
紀里谷氏は15歳で渡米し、24歳でニューヨークを拠点に写真家として活動。
26歳のときに日本に帰国している。NYで写真家として活動していた彼にとって日本の写真業界は相当ぬるかったようで、あっという間にトップクラスになれたそうだ。
自分でこういうことをサラッと言ってしまうところが、いかにも紀里谷氏らしい。スタジオからは、失笑も漏れたが、そこまで嫌みに聞こえないのも彼の人徳だろうか。
そして、この後あっと驚く収入事情が語られた。
●「スーツはロンドンまで作りに行く」
写真家としてトップクラスになると、ちょっとスタジオに行って、カシャカシャと写真を撮るだけで、数百万円もらえるとのこと。
当時、紀里谷氏は、「家は絶対に港区」「飛行機は絶対にファーストクラス」「ホテルは絶対にスウィート」「スーツは絶対にロンドンまで作りに行く」 という生活をしていたとか。
こうしたセレブ生活の詳細を打ち明けると、生徒役の皆さんからはザワめきの声が……。
その後、宇多田と結婚。ちなみに、以前別の番組で、紀里谷氏は、宇多田との結婚生活について語っており、夫婦の財布は別々だったそう。
今回のしくじり先生での紀里谷氏を巡っては、ネット上で、「なんか紀里谷先生現在進行形でしくじってね?」 なんて声も出ているが、今後は映画でアッと言わせて欲しいものだ
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